
©つくみず・新潮社/「少女終末旅行」製作委員会
愛ゆえに。
全12話の感想記事で書いたように、自分は12話の描き方に多大な不満をもっています。
今回の記事では、どのような点が不満なのかを具体的に示しながら語って行きたいと思います。
目次
少女終末旅行12話の不満点
カメラの中身 6:50~
戦争関連の動画は完全に蛇足だと思います。
実際、原作漫画ではそのような描写はされておらず、データ一覧の中に一部戦闘を連想させるものがあるぐらい。
この終末世界の成り立ちに関する話は、原作者が描くのなら納得もできますが、どうしてアニメで無粋に行間を埋めてしまうのか。
全話感想記事でも書きましたが、自分は世界戦争で文明が崩壊して終末世界へ…という発想自体がナンセンスだと感じているので、そこをくどくど見せられてしまうのが残念でした。
一通り映像を流した後にユーリが「少しだけ寂しくない気がするね」と、映像が流れる前に言った「こうして人々が暮らしてたんだなって事が分かると」に続くセリフを語りますが、間が開きすぎていて、アニメとして効果的な流れとは思えませんし。
この回想シーンは自分が思う所の『少女終末旅行らしさ』を全く感じないんです。
何というか、押し付けがましさが気に入らない。
繰り返しになりますが、埋めてはいけない行間を埋めてしまった、ただただ無粋だなぁと感じさせられるシーンになってしまっています。
追記:アマゾンの少女終末旅行Blu-ray3巻のレビューに興味深い投稿がありました。
最終話カメラに世界の歴史の映像が残っており
とある国が戦争を起こしそれが世界に広がり人類の文明を滅ぼした経緯が映されチトとユーリが学んでいくシーンがあるその中のニュースでは日本と名指しはしてないものの
NNN(Nippon ニューズ ネットワーク)の表記や合間に挟まれる数々の日本文化との類似性から
日本と推測される国が”隣国”に宣戦布告し
ナチスのような軍事政権が台頭した映像を混ぜて
我軍は大勝利し”隣国”に死者五億人を出したとアナウンスされている(NNNの表記のもとで)これほどの人口を有している国は現在では2カ国しかなく
その内一つと隣に位置する日本をますます類推させるのである
”隣国”の5億人死者を出したと誇らせるとはその国がいかに残虐非道かを強調したいのであろう日本語のアニメは主語をぼかしているから大して問題になってないが
英語配信のクランチロールは主語をはっきりとJapanが宣戦布告と訳した
これを誤訳とする意見もあるがCNNで我軍と言えばアメリカ軍
NNNなら日本軍と考えるのは当然だ
主語をつけなくてはいけないなら日本としても私は間違いとは思わない
アニメスタッフの中にそういう意図を持った人がいたと解釈すべきだろう世界中のファンが日本が世界大戦の引き金を引いたとしてこの作品を見てしまったのは残念なことだ
日本人は誰だってネトウヨと呼ばれる層であっても反戦でもう二度と戦争はゴメンだと思っている
だけど北朝鮮や中国から連日のように脅威が迫っているからやむなく集団的自衛権や安全保障を再考しているのだ
(竹島では韓国が対日本を想定した軍事訓練を行うという)それをまるで今の日本が一方的に軍事大国化の道を走っていて
周辺国の平和を乱しているかのように
原作を利用して政治的メッセージを挟んだのはイラッときたね
自分の好きな作品がそういうサヨクの思想に利用された気分だアニメやフィクションに政治ネタを持ち込んで語るな云々言う人がいる
政治ネタを入れたのは私ではないし英語の翻訳者でもないし
明らかに脚本家とアニメスタッフ側であるこの改変に何も政治的意図を感じないとしたらその人の感覚が麻痺しているか
日本を取り巻く諸問題に無関心で
メッセージに気づいてないだけなのではと思う
このレビューにあるような内容を具体的に知っていた訳でも、そこまで細かく分析して見ていた訳でもないんですが、自分が感じていた違和感の正体はコレだったのかもしれませんね。
何しろ原作にはない描写ですから、これを態々アニメで表現したという事は、何らかの思惑があったのは間違いない所でしょう。
もちろん、これをどう解釈するかは見る人次第ですし、仮にこのレビュアーさんのような解釈をしたからと言って、この作品を嫌いになる必要も別にありません(このレビュアーさんも作品自体を嫌いにはなっていないでしょう)。
個人的には、漠然と感じていた12話に対する違和感に対するネタ明かしのような感じで、非常に興味深いレビューでした。
一応、ちょびっとだけ製作側をフォローするような事を言っておくとするなら、攻撃の主体を他国にする(匂わすだけでも)のは色々とリスクが高いので、だったら自国にするしかないという見方も出来ますね。
ユーリの夢 9:20~
この描写も原作にはないものですが(過去の描写は原作だとアニメの範囲が終わった後で出てくる)、これはまぁどうしても足したいならどうぞ?というぐらいの部分。
ただ、夢で昔の事を思い出すエピソードって原作ではチトだけのもので、アニメ1話でチトはそういった描写がありますよね。
これは自分の捉え方ですが、チトは過去を抱えて生きる子で、ユーリは過去を抱えない(抱えられない)子だと思っています。
その視点から言えば、夢で過去を思い出す描写はチトにこそピッタリくるもので、ユーリにも同様に入れるってのは、自分ならしないかなと。
ユーリの一人語り 10:00~
このシーン、原作だとユーリはモノローグで語っているんですが、アニメではなぜか声に出して喋っています。
おいおい違うだろう。
ここは普段ぽけーっと何も考えて無さそうなユーリが、実はこんな感じで色々真剣に考えてたりする…というのをモノローグで表現している場面でしょ?
なんで普通にお口パクパク喋らせてるんですかと。
口調もいつものユーリで、本当にただの独り言状態なんですが。
ここは流石に喋らせちゃダメな場面で、モノローグが無難。
自分ならモノローグも入れずに描きたいかな?と思っちゃう所ですよ。
何をどう解釈したらこんな描き方になってしまうのだろうかと、軽く頭を抱えました。
ユーリ食われる 11:00~
ここの描写もかなり不満。
チトにとってユーリを失う事は、本能が拒絶するレベルの衝撃だと思うんです。
そんな衝撃の表現としては、いささか淡泊というか、動揺を見せようとした結果、逆に印象が弱くなってしまったというか。
「追いかけなきゃ」とセリフで言ってますが、これは原作だとモノローグ。
原作で表現されている心理的混乱がアニメでは今一つ感じられず、仲間の危機を助けに行くという普通の描写になってしまっている。
ここでチトの内心での錯乱っぷりを表現できないと、当然この後にも影響が出る訳で。
ここで回想 12:35~
チトが転んでユーリと過ごした日々の回想が入ってユーリの救出を決意したチトが走り出す、そしてさらに回想…くど過ぎるっ!
なんだろう、なんで原作の味わいをここまでぶち壊すような味付けばかりするんでしょうか。
恐らくは最終話を盛り上げたい一心だったのだと思います…が、結果むしろ間延びしてしまっているんじゃないかと。
「ユーがいなくなったら私は…」の使いどころ間違ってますよ?これは原作通りぱかーっと開ける瞬間に使ってこそでしょうし、実際に喋らせちゃダメです。
ユーリの帰還 14:45~
不満点ばかりじゃなく、好きな場面も挙げておきます。
この場面、原作ではヌコの描写は別段描かれてないんですけど、アニメではちょこちょこ動いてて可愛いです。
でかいヌコさん喋る 15:10~
「我々は発声器官を~~~」
「だからこの船の設備を利用している」
「幼体は通信範囲が狭い所為で稀にそういうことが起きる」……え?
話が繋がってないんですが…。
原作では
「我々は発声器官を~~~」
「だからこの船の設備を利用している」
「その幼体は私たちの群れからはぐれたものだな」←new!!
「幼体は通信範囲が狭い所為で稀にそういうことが起きる」
と話してるんですが、そこ端折ると意味が通じないと思うんですが。
状況から意味を察して下さいって事ですか?意図が謎すぎます。
唐突な百合展開 19:00~
急転直下の百合展開。
ここも原作では随分と違う描写でして
ユーリ「ねぇ ちーちゃん 地球終わるんだって」
チト「…うん まあ…どうでもいいことだろう…」
ユーリの手に自分の手を(恐らく無意識に)重ねるチト
その様子からチトの気持ちを感じで微笑むユーリ
という描写なんです。
ここは、地球が終わる事をどうでも良いと言いつつ、内心心細さを感じているチトの思いが無意識にユーリの手に自分の手を重ねる行動に現れて、その事を察したユーリがほくそ笑む…という描写だと思うんですが、アニメでは全く別物になってましたね。
なんだろう、なぜ最終話にして百合方向に振ろうと思ったのか。
絶望と、なかよく 19:35~
なぜ態々そのセリフをねじ込んだのか。
これまでのアレコレに比べたら大目に見れる事案ではありますが。
名言にしたい感というか、ゴリ押しですねコレは。
仲間 20:00~
ここはアニメオリジナル。
本当に、なんで最終話になって百合感を出し始めたのか(謎
チトにしろユーリにしろ、セリフがまったくキャラに付いてないと感じてしまいます。
エンディング曲
雨だれの歌、使いすぎなんじゃないかと。
初出の時は、まさにあの場面のためにあつらえた曲って感じで良い具合でしたけど、随分と使いまわしますね。
別に歌ものじゃなくても、インストをエンディングに使っても良かったと思うんですけどね。
サントラを持っている身からすれば、これでも良いしアレでも良いし…と色々選択肢があるんですけど。
総括
この記事を書くにあたって、改めて12話を見ながら気になったポイントについて項目を設けて語ってみましたが、やっぱり駄目でしょこれは。
「どうしてこうなった」という場面はもちろん、「これ普通に脚本のミスじゃ?」という場面まであって、この記事を書いて改めて12話の評価が下がりました。
いや、たしかにこの作品、ちょいちょい原作に足されてる描写はあったんですよ、これまでも。
しかし、ここまで悪い方向に振れてるものではなかったように思います…というか、12話は気になる箇所が多すぎる。
記事を書き出す段階では、自分の趣向に合わなかったのだろうという認識でしたが、これってひょっとしたら制作側に余裕がなかった結果だったりするんでしょうか?何よりも脚本が…って感じがします。
自分の中で少女終末旅行は全11話の作品という事にしておこう。よし、それなら胸を張って大好きな作品だって言える!
以上、想定外にポンコツだった少女終末旅行の最終話(12話)に対するツッコミでした。
オリジナルの部分に関しては僕も押し付けがましさを強く感じました
そこらへんだけにずっと違和感があってしばらくして原作を読んで見ればまさにそこがオリジナルと知ってがっくりきました
あのただあるがままの諸行無常な世界観で
今更人の愚かしさをくどくど解き始めるから一体どうしたんだと思ったらこれです
何だか埋め込まれた自己顕示欲のようなものを感じます
それはいいんですが埋め込み方があまりにも下手くそすぎる
オリジナルやるんだったらちゃんと違和感なく整合性が取れるようにやってほしいですね
本当に、「少女終末旅行」という作品の持つ味わいが台無しな12話でしたね。
単に最終話を印象的に盛り上げたい一心であぁなってしまったのかも知れませんが、そうじゃないんだよなぁと大好きなアニメだからこそ落胆しました。
恐らくアニメ製作スタッフの間でその「諸行無常な世界観」というニュアンスがしっかりと共有されていなかったんでしょうね。
大好きなアニメだったのに、最終話がコレだと知っているから何となく再視聴する気になれないんですよ…本当に12話だけ作り直して欲しいぐらいです。
最後の百合展開に関して手を重ねるのは違和感を感じなかったけど、原作読んだあとはその後のお互いさえいればって会話は確かにくどい。百合は好きだけど少女終末旅行はもっと薄くにおうくらいでいい(わがまま)
問題のシーンでは押し付けがましさ等は特に感じなかった。人類文明の最期が争わず皆で仲良く死にしましたなんて言われた方が道徳を説かれるようでよほど無粋だし。
兵器がごろごろしてた辺りからして、言われなくても戦争は分かりきってたから蛇足だと言う人がいても自然だと思う。自分も過剰に説明的な演出はあまり好かないし、想像の余地があるのが美しいと思うけど、これはアニメーションで漫画だからある程度は必要かな。
時系列も場所もバラバラの記録がショパンのノクターンにのせて流れていく演出は、穏やかで退廃的なSFとして好きだった。
政治的意図についてはノーコメント。
百合要素も人によって百合の定義や範囲もかなり変わって来るので難しいですよね。
自分は女の子同士が寄り添う関係(それこそチトとユーリのように)は好きですが、性愛的な文脈に乗っかってしまうと好みからズレる感じです。この趣向を百合と言うのか否かがちょっとよく分かっていなかったりもします。
>自分も過剰に説明的な演出はあまり好かないし、想像の余地があるのが美しいと思うけど、これはアニメーションで漫画だからある程度は必要かな。
結局は好みの問題かつ度合いの問題ではありますよね。
ただ個人的には、少女終末旅行という作品においてその余白が存在している事の重要性を強く感じていたので、そこを埋めちゃうのか…との落胆は大きかったです。
>時系列も場所もバラバラの記録がショパンのノクターンにのせて流れていく演出は、穏やかで退廃的なSFとして好きだった。
自分もこのあたりの演出を気に入る事が出来れば、もう少し12話を楽しめたのだと思います。
え?アニメ最終話はあれで正解だと思うけど?
どれも難癖着けてるだけなのでは
脚本は作者監修なのでむしろ再確認の意味があると思われ
あと日本が宣戦布告したらなにか悪いの?日本の作品でSFだし、海外で訳したら普通にそうなっても変じゃない、日本語は主語を良く抜くからね
リアルに考えても今後1000年の間に隣国が領土侵略など国家として許せない事をやってきたら宣戦布告してやっちゃってもおかしくないでしょ?
まだWW2から百年も経ってない今の日本を基準に考えるのはおかしい
スターシップトルーパーが極右化した未来を描いたと米国で公開当時非難されたのをバーホーベンがウンザリって感じで語ってたが、そういうのもあるかもってのがSFじゃないの?偏狭すぎる
まあどこにでもこういうのが湧いて出るんだね、SFも作りにくいわ
>え?アニメ最終話はあれで正解だと思うけど?
>どれも難癖着けてるだけなのでは
>脚本は作者監修なのでむしろ再確認の意味があると思われ
もちろん物語に正解は無いと思うので、難癖と言えば難癖でしょう。
監修というのもどの程度作者の意向が反映されているかはモノによって大きく変わりますし、仮にこの描き方が作者の意向であったとしても、自分が「無粋だな」と感じる事に変わりはないです(作者の意向に沿っていないから駄目というような話ではなく、原作で描かれるのであれば無粋だと思いつつ諦めも付くが…という感じ)。
>あと日本が宣戦布告したらなにか悪いの?
気分でしょうかね?自分は特に良いとも悪いとも思っていません。
>スターシップトルーパーが…
人それぞれ様々な感じ方や考え方がありますから、偏狭な視野に陥らないよう注意したいですよね。
正直 あなたの戦争論のほうが、
いきなり一人で何をいい始めているのか分からない
自分はこの作品から 日本やナチス とか聞いて??? と思った
そんなこと、大半の人は気にしないし、
なんか、自分が考えている思想が強すぎて
自分にはなんの批判をいきなり始めているのか分からなかった
各々感じ方は様々だと思いますよ。
「気にしない」とか「考えすぎ」と感じる人がいる一方で、そこに何かしら知覚的あるいは感覚的に違和感を覚える人もいるという事で。