日常アニメの女性キャラクターと観世音菩薩像【観音さまは男の娘?】

観世音菩薩像

日常アニメは一般に、女性キャラクターの日常が描かれるものが多いです。

男性キャラクターメインの日常アニメも無くはないと思われますが、それに関しては諸所の事情で中々ジャンルとして定着しづらいという事が言えるでしょう(一般に女性ファンは日常アニメの対極にある恋愛物語を好感するため)。

しかし日常アニメで描かれるところの女性キャラクターとは、その実「男性」でもあったりするのです。

一体どう言う事?と困惑している方には大変申し訳ないのですが、ここから更に困惑させる事になるかと思われます。

何しろそういった現象を、観世音菩薩(観音様)と結び付けて語り始めちゃいますからね…。

日常アニメの女性キャラ=男性?

日常アニメと一口に言っても様々ありますから、すべてに当てはまるわけではありません。

しかし、日常アニメに登場する女性キャラクターのうち、かなりの割合は言って見れば「女性の皮を被った男性」のようなキャラクターであると自分は思っています。

例えば自分が愛してやまないアニメ「まちカドまぞく」で言えば、シャミ子や桃なんかは正にそんな子ですね。

まちカドまぞくよいやさーシャミ子(吉田優子)が物凄く可愛いく思える理由【まちカドまぞく】

日常アニメの女性キャラクターとは、キャラクター設定的な性別は女性であるものの、実際には男性的な魅力もしっかりと内包されているんです。

個人的には「外側が女性で中身が男性」って最強の生命体じゃないかと思うんですが、日常アニメ(というか二次元界隈全般において)ではそういった方向にキャラクターが洗練されてきたと言えるでしょう。

自分自身はこういった趣向が強い事を自覚していますが、恐らく日常アニメを愛好する人の多くはそういった自覚なく「女性の皮を被った男性」のようなキャラクターを愛でているのが実際の所ではないかと思われます。

観世音菩薩も実は男性?

観世音菩薩(通称:観音様)と言うと、一般的には女性をイメージする事が多いのではないかと思います。

観世音菩薩像

実は観音様は元々男性であると言われています。

観世音菩薩は、本来男性であったと考えられる。例えば、松原哲明は、梵名のアヴァローキテーシュヴァラが男性名詞であること、華厳経に「勇猛なる男子(丈夫)、観世音菩薩」と書かれていることから、本来男性であったと述べている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/観世音菩薩

これが歴史的な変移として女性、あるいは性別を超越した存在として認知されていくようになったようです。

なぜ女性的な容姿のイメージが定着しているのかについては諸説あるようですが、色々な話を読んでいて思うのは、要するに女性的な美しさ、愛らしさといったものを表現したかったという事ではないかと思われます。

人間は誰しも母親から生まれてきます。

ですから潜在意識の中に刷り込まれた最初の存在として、やはり母の面影というものが強く心に刻まれているのでしょう。

ですからやはり母親、つまり女性的な容姿に対する愛着というものが潜在的に強く、そこへの憧憬が美意識に強く結びついているのではないかと思われます。

何かしら男性的容姿を表現する必然性があるものでなければ、他の仏像も得てして女性的なニュアンスを付加される傾向があるのはそういった意識の表れなのかも知れません。

日常アニメの女性キャラクターは観音様のようなもの

かつては女性キャラクターというものは女性性、少女性といった性質が重要視されていたように思います。

しかし近年において深夜アニメなどで成熟された女性キャラクター像は、女性性や少女性を際立たせるような方向よりも、むしろ性別を超越した存在として認識する方向へと洗練されてきたと言っても差し支えないと思います。

一つの理由として、作者が男性である場合に女性キャラクターを描こうとすると、どうしても無理が出てしまうというのがあります。

かつてはその無理を押し通しても女性性、少女性といったものを表現しようとしていた節がありました。

しかし今では無理にそういった事をするのではなく、女性キャラクターという器に対して性別を超越した愛らしさを持った魂を据えるような、そんなキャラクター設計が普通となって来たという事なのかも知れません。

結果、あくまでも性別的・容姿的に女性キャラクターであるというだけで、その中身は男性的・あるいは性別を超越した魅力を有したキャラクターが生み出されているのではないかと感じます。

 

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