京都アニメーション放火事件に関する京アニ社長の発言について

新聞

2019年7月18日、京都府京都市伏見区にあるアニメ制作会社『京都アニメーション』の第一スタジオが放火され、数多くの命が失われました。

まずは、今回の件で命を落とされた方々の冥福を心よりお祈り申し上げます。

そして多くの負傷者の方々が順調に回復へ向かわれる事を願っております。

さらにはこの事件で心を痛めているすべての皆様が、少しでも早く元気を取り戻せますように。

今回の事件、普段テレビを見ない自分はネットニュースで発生を知ったのですが、そこからこの記事を書いている現在まで、様々なニュースに目を通して来ました。

そんな中で、こんな時ではあるものの、こんな時だからこそ強調したい、明確に抗議したい報道がありましたので、この事件を自分の中で整理を付けて仕舞い込むために、ここにその内容を記して置こうと思います。

事件発生後の京都アニメーション社長発言

事件の詳細を知りたいと思い、様々な記事をネット上で探しては読み探しては読みとしていた所、このような記事を発見しました。

参考 京アニ社長「残念で断腸の思い」=惨劇に悔しさあらわ時事ドットコム

会社には、数年前から作品への批判や、スタッフの殺害予告が相次いでいたという。同社長は「弁護士に相談したり、警察に被害届を出したりするなどして、その都度対応してきたつもりだった。ここまでする人がいるとは想像もできなかった」と言葉を詰まらせた。
その上で、「暴力行為に訴えてどうするのか。作品に批判があるならちゃんと主張すべきだ」と怒りを隠さなかった。

このような社長談が掲載されています。

これに対して自分は、深い落胆と大きな不快感を感じたと言わざるを得ません。

犯人の動機などは不明

今現在、この記事を書いている段階での情報では、犯人は「京アニが小説を盗んだから火をつけた」といった趣旨の発言をしているとの報道があります。

参考 京アニ放火 確保の男「小説盗んだから放火」 一方的な恨みか毎日新聞

 京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで男が放火して33人が死亡、男を除く35人が重軽症を負った事件で、男が京都府警に対し「(同社が)小説を盗んだから火を付けた」という趣旨の話をしていることが、捜査関係者への取材で判明した。しかし、そうした事実は確認されておらず、府警は男が一方的な思い込みから恨みを募らせて放火した疑いがあるとみている。重いやけどで入院している男の回復を待って、詳しい動機の解明などを進める。

動機に関しては今後、犯人が火傷から回復した後に解明が進んで行く事でしょうが、現段階では非常に曖昧な情報しか伝わって来ていません。

ましてや先述の社長談が掲載された段階では、それこそ犯人の標的が京都アニメーションだったかすら分からない状況だったと言うべきでしょう。

今回の事件は決して突発的な衝動にかられた犯行などではなく、綿密に計画されたものであった可能性が高い。

なぜなら今回の事件が発生してしまった理由の一つとして、事件当日の京アニ第一スタジオのセキュリティー状況の不備が挙げられるからです。

当日の朝、京アニ第一スタジオは来客があるためにセキュリティーを解除していたらしく、その結果として犯人の侵入を許しています。

という事はつまり、犯人はその事を知っていた可能性が極めて高いわけですから、現実的な可能性として来客側が標的だった可能性も十二分に考えられたはずです。

そんな状況で、さも犯人は「京アニ作品に不満を持った誰かであるに違いない!」といった断定の元に批判を展開するのは、絶対にあってはいけない事ではないでしょうか。

批判と殺人予告を同列に扱うべきではない

これは社長の発言というよりは記事の書き方の問題である可能性がありますが、もし社長自身がこのような形で「批判と殺人予告」を同列に並べて語ったのであれば、それもまた許される事ではないでしょう。

これではまるで「作品批判を行う人間は殺人予告すらやりかねない」といった印象をあたえる事にもなりかねず、京アニ作品に深い愛情を持って真摯に批判している人まで「殺人予告予備軍」扱いするのも同然です。

さらにはそこからのつながりとして今回の放火事件を語っているのですから、読み手の印象として「作品に批判的なヤツが今回の犯行に及んだ」といったものを強烈に刷り込むものではないでしょうか。

守るべき存在を自覚していないアニメ会社社長

今回の事件で一番の被害者は、当然京都アニメーションの皆さんと来客として来ていた外部の方々です。

しかし、この事件で心を痛めている数多くの京都アニメーションに思い入れのあるファンが存在する事を忘れてはいけません。

ファンは今回の事件で極めて重大な心の傷を負った事でしょう。

にも拘わらず、社長談のようなニュアンスで語られてしまうと、「(視聴者という意味で)どちらかと言えば犯人に近い立ち位置」の人間にされてしまうのです。

気丈な人は何のそのと跳ねのけてくれるかもしれませんが、優しい人の中にはまるで自分自身が片棒を担がされているような、そんな心地になってしまった人もいるのではないでしょうか。

ましてや作品愛が高じて、あの作品のあの場面に対して批判的になっていたな…といった所に思い当たる事がある人なら、なんとなく居心地が悪い気分を味わっているかも知れません。

アニメ会社の社長として、自分たちの存在を確立させてくれている人々に対して、それはあまりにも無惨な態度ではないかと自分は感じます。

こんな時だからこそ、第一にファンを守らなければいけないのに、結果的にファンに(直接ではないにしろ)矛先を向けるような発言を出してしまったのは、見逃すべきではない愚行だったと思ます。

自分自身は京都アニメーションに対して特別な思い入れはなく、過去作を紐解いていっても全話見たのってテレビアニメ版のAIRぐらいじゃないか?というぐらいの距離感なので、比較的冷静に今回の事件を見る事が出来ているからこそ、特にこういった「アニメ業界としての態度」といったものが目に付くのかもしれません。

今回の事件、自分が真っ先に感じた感情は「哀しみ」でした。

怒りや憎しみというものよりも、ただただ悲しい、こんな事が起こってしまう事が哀しいという感情。

恐らくそれは、先ほど語ったような自分と京アニの距離感から来るものでしょう。

自分にとって本件での怒りに該当するのは、この「無思慮な社長発言」に他なりません。

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