「アニメこのすばはもう駄目かも知れない」と思った金崎監督と脚本上江洲さんの対談の感想・批判

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©2019 暁なつめ・三嶋くろね/KADOKAWA/映画このすば製作委員会

『映画このすば』は無事に大成功と言えるような成果を上げる事が出来たようで、本当に良かったですね。

テレビアニメの1期と2期の熱量をしっかりと保持したまま映画を迎える事が出来たのは、それだけ愛されている作品だという事でしょう。

そんな『映画このすば』に関して、監督の金崎貴臣さんと脚本の上江洲誠さんの対談がダ・ヴィンチニュースに掲載されていたので読んでみました。

その感想を、忌憚なく語って行きたいと思います。

映画このすば 監督&脚本家対談 感想

こちらの記事の感想を語って行きます。

参考 祝・大ヒット! みんなで語ろう、映画『このすば』⑥――金崎貴臣(監督)×上江洲誠(脚本)対談

『映画このすば』めちゃくちゃヒット

具体的な数字は知りませんが、ちゃんとヒット映画になったようで本当に良かった。

まぁ正直、このすばにかけるファンと作り手の熱量を考えれば、よっぽどの「やらかし」がない限りは大丈夫だろうとは思ってたんですけどね。

とは言え実際にヒット作になってくれて一安心です。

『このすば』の強みを生かす

このすばはキャラクターの掛け合いが面白い作品であり、その掛け合いを生かすためにストーリーの密度をギュウギュウ詰めにしないよう心掛けたとの事。

これをインタビュー内では「勇気がいる事」と言ってますが、どちらかと言えば「詰め込んで面白いモノに仕上げる覚悟をする事」の方が勇気がいるだろうと思います。

普通に考えれば、間の抜けたテンポで面白い掛け合いが出来るわけもないんですから、これは勇気云々ではなく当然の選択でしょう。

コメディとギャグは違う

金崎監督なりのコメディとギャグの解釈があるようです。

まぁそういった見方も出来るわなといった感じですが、それを言ったら「シチュエーションと音楽で涙は誘える」という見解は、「泣ける」といった要素に対して敬意を欠いた言い回しのようにも感じますね。

『アニメこのすば』の原型は『アニメこれゾン』

『これゾン』の経験を活かしつつ、反省点を生かして磨き上げたのが『アニメこのすば』なんだそうで。

これゾンは最初の1話か2話を見た記憶はあるものの全話は見ていなかったので、機会があれば見てみようかと思います。

今時のラノベ=異世界無双ハーレム

金崎:いまどきのライトノベルって、中高生の主人公が異世界に行って、いきなり無双したり、いきなりハーレム的な展開になって、現実世界では味わえなかったことを楽しむのがベースじゃないですか。

少し前に脚本の上江洲さんがインタビューで発言したラノベに対する偏狭な認識について批判しましたが、どうやらこういった思想を監督とも共有しているようです。

このすばアニメ新企画始動 アニメ製作スタッフの発言に感じる迂闊さと危うさ【そこあに「このすばスタッフインタビュー」を聞いて】

言うまでもなくラノベには様々な作品があり、画一的に語れるものではありませんし語るべきものでもありません(別段ラノベに詳しいわけでもない自分が言うのも妙な話ですが)。

それこそラノベに関して無知な部外者が語るイメージのような話を監督がしている事に対しては、ただただ「残念」だと言わざるを得ません。

金崎:ははは。まあ、僕もいい大人なんで、「そんな都合のいい世の中はないよな」っていう(笑)。一緒にいた時間、一緒に何かをやってきた時間を経て、初めて愛は生まれるものだと思っていて。

「異世界無双ハーレム=作者あるいは読者の願望を短絡的に具現化したもの」といった認識を持っている人は驚くほど多いようですが、別にそういった認識に固執する必要は全くないと思うんですけどね。

自分の解釈としては「ハーレム=アンチ恋愛」なので、つまりは恋愛描写にしないためのハーレム描写だと思っています。

無双要素についても、「努力オナニーに対する忌諱感」の現れだと解釈しています。

つまり、ヒロインとの距離を徐々に縮めるような恋愛模様や努力して努力して努力してやっと結果を出してのカタルシスというものが「くだらないもの」に見えた結果としての「超越」なのではないかと、自分は「普通に」そう感じるんですけどね。

様々な解釈があって結構でしょうが、どうにも画一的な思考に支配されている人が多いらしいのが残念でなりません。

そして何よりも、大人気ラノベを原作としたアニメの監督がこのような事を公然と表明している事に失望を禁じ得ません。

福島潤さんの熱量が凄い

自分もこの作品がこれだけの熱量をもったアニメ作品に育った最たる要因は、「主役が福島潤さんだったから」だと感じています。

自分自身はただのアニオタですからアフレコ現場の雰囲気なんかは分かりませんけど、恐らく主演声優さんの作品に対する向き合い方って、現場の雰囲気を大きく左右するものだと思うんですよ。

もしカズマ役の声優さんがどこか俯瞰した視点で作品を眺めつつ、背筋を伸ばしたようなスタンスで作品と接していたとしたら、『アニメこのすば』は全く別の作品になっていたんじゃないでしょうか。

福島さんが前のめりに作品へ思いを乗せてくれたからこそ、このアニメは製作側の人間にとっても「特別な存在」になれているのではないかと強く感じています。

アニメは音楽

ほんと、BGMは重要、めちゃくちゃ重要。

甲田さんの音楽あっての『アニメこのすば』というのは正にその通りだと感じます。

というか「ギャグ」に「ギャグ曲」を合わせて面白くなるビジョンが見えないのですよ。

映画っぽさを捨てた

自分はそもそも映画とはこんな感じ…というイメージが良く分からないのですが、『映画このすば』は映画として特別な事をやるのではなく、あくまでも『アニメこのすば』であろうとした結果の賜物であるという事なんですね。

テレビアニメと何も変わらないものを映画として表現した事が、まさに「映画このすばらしさ」であったと言うべきなのでしょう。

監督はわがままであるべき

誰かが明確に作品の面白さに責任を持つべきだと思うんです。

それが監督なら、それはもう当然の事としてワガママで有るべきでしょう。

アニメ「このすば」に期待したかった懐の深さ

このインタビューを読んでいて、自分の中で明確に『アニメこのすば』に対するスタンスが確定したように思います。

自分は『アニメこのすば』に対して、もっと大らかさと懐の深さを期待していました。

異世界、ハーレム、低予算、なろう系、そういったワードをデッカイ器で全部抱え込んだまま、無限の包容力で多くの人を巻き込む作品に成長して欲しいと思っていました。

しかし今回の対談にしろ前のインタビューにしろそうですが、結局『アニメこのすば』の作り手は、「このすばは確かに一見異世界ハーレム的なろう作品だけど、他とは一味違うアニメになってるぜ(キリッ)」というだけの、手前の作品を特別視するだけのありふれたモチベーションの上に立った作品である事を痛感させられました。

恐らく『アニメこのすば』は今後も続いていくのでしょうし、自分も新たな展開があれば一視聴者として楽しみたいと思います。

あくまでも、「とりあえずまぁまぁ楽しめそうなアニメの一つとして」ですが。

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