『ブギーポップは笑わない』と『ガーリー・エアフォース』に見る「古臭い」と「懐かしい」そして「新鮮さ」

©2018 上遠野浩平/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/ブギーポップは笑わない製作委員会

今期のアニメは、平成最後に相応しいと言うべきなのか、中々香ばしい作品が名を連ねていたりしますね。

個人的に興味深いのは、『ブギーポップは笑わない』と『ガーリー・エアフォース』という2作品の立ち位置です。

今回は両作品の印象を「古さ」をキーワードに据えながら語って行きたいと思います。

『ブギーポップは笑わない』と『ガーリー・エアフォース』

作品概要

『ブギーポップは笑わない』とは

©2018 上遠野浩平/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/ブギーポップは笑わない製作委員会

「ブギーポップシリーズ」は、上遠野浩平による日本のライトノベルシリーズ。第1作『ブギーポップは笑わない』は第4回電撃ゲーム小説大賞受賞作品で、著者のデビュー作でもある。イラストは緒方剛志が担当。電撃文庫(KADOKAWA)より1998年2月から刊行されている。

“世界の敵”と戦うために一人の少女の中から浮かび上がってくるブギーポップと名乗る人格と、様々な夢や、希望や、あきらめや、悩みや、いろいろな思いを持っている少年少女達の物語。「ブギーポップ(不気味な泡)」とは、周囲に異変を察知した時に自動的に人格が浮かび上がってくることを由来とする、同名のキャラクターの自称を指す。

この作品のヒットが『ブラックロッド』(古橋秀之著)によって源流が作られた電撃文庫の個性を形作る流れをより強め、ライトノベルのレーベルの中での電撃文庫の位置づけをより確定的なものにすると共に、ライトノベル界に大きな影響を与え、「ブギーポップ以降・ブギーポップ以前」という言葉を生み出した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ブギーポップシリーズ

2000年前後において「エヴァンゲリオン」の影響を感じさせるような作風(必ずしも作者がエヴァの影響を受けたというわけではない)を『セカイ系』と呼んだりしますが、この作品はライトノベルというジャンルにおける『セカイ系』的作品の先駆けとなっているとの指摘もありますね。

自分自身はこの作品を読んだ事がないんですが、まさに2000年付近の作品だなという雰囲気を強く感じます。

『ガーリー・エアフォース』とは

©2018 夏海公司/KADOKAWA/GAF Project

『ガーリー・エアフォース』は、夏海公司によるライトノベル作品。イラストは遠坂あさぎが手掛けている。電撃文庫(KADOKAWA アスキー・メディアワークスブランド)より2014年9月から刊行されている。

西暦2015年、中央アジア地域において正体不明の飛翔体が目撃される。のちに「ザイ」(災)と名付けられたそれらの飛翔体は、既存の軍用機をはるかに凌駕する戦闘力を有しており、各地に多大な被害をもたらした。これに対抗するため、各国は「ドーター」と呼ばれる特殊兵器の開発を開始する。

2年後、上海沖にて、日本へと向かう船団がザイの攻撃を受けた。救命艇による脱出の最中、主人公・鳴谷慧は、赤色に発光した戦闘機らしき機体が、ザイを撃墜するのを目撃する。ところがその機体は姿勢を崩し、そのまま付近の海上に墜落してしまう。自らの生命を救ってくれたパイロットを助けたいという衝動に駆られた慧はひとり海へと飛び込み、どうにか機体に辿り着くことに成功する。

ところがその機体は、彼の知る通常の戦闘機とは明らかに異なっていた。おかげでパイロットを引き出すことはおろか、内部の様子をうかがうこともままならない。それでも慧は必死に呼びかける。すると、突如機体の一部が開き、コクピットが露わになった。だがそこで彼が見たのは、装備に身を包んだパイロットではなく、華奢で小柄な、ひとりの少女だった――

https://ja.wikipedia.org/wiki/ガーリー・エアフォース

正体不明かつ人類の戦力を圧倒する敵、それに対抗しうる力を持った少女、そんな少女と主人公の少年が出会った事で物語は動き出す…。という、今となっては「ありがち」な設定の物語です。

「ありがち」と表現しましたが、その実ここ数年においてはむしろ見かけなかった設定かもしれません。使い古された事で新鮮味に欠け、採用するメリットが薄まった結果でしょうか。

概要だけ見ると『イリヤの空、UFOの夏』を連想する部分もありますが、作品の雰囲気としては然程似ているものでもなく、言うなれば「イリヤフォロワー作品の亜種」といった立ち位置と言うべき作品かもしれません。

アニメの印象 共通点

両作品に関して共通して言えることは、「今風じゃない」という事。

言い換えれば「古臭い」、あるいは「懐かしい」という表現にもなるでしょう。

どちらの作品もまるで〇〇年ぐらいタイムスリップしたような感覚をおぼえるような、かつての深夜アニメ感を持ち合わせています。

具体的に言えば、『ブギーポップは笑わない』に関しては2000年前後の深夜アニメ感、『ガーリー・エアフォース』は2005年前後?(これはちょっと記憶が曖昧)の深夜アニメでありそうな題材だなと感じます。

これぐらい分かりやすく今風じゃない作品ともなってくると、見ている人の年齢やアニメ歴によっても感想が大きく変わりそうな気もします。

特に、『ブギーポップは笑わない』が纏っている雰囲気は2000年前後のセカイ系的なソレですから、若い世代にとっては(一部の過去作までさかのぼって見ているような熱心なアニメファンは除くとして)懐かしいと感じる対象ではありえないでしょうから、逆に新鮮さをもって受け入れられている可能性もあるんじゃないかと。

平成という元号は2019年4月30日までで、5月1日からは新しい元号に切り替わる訳ですから、今期の作品が平成最後のアニメ(1クールで終わると仮定するなら)という事になりますが、そんなタイミングでこういった雰囲気の作品が登場したのは偶然なのか、何かしら意図したものがあるのか…感慨深いですよね。

アニメの印象 相違点

まず率直な感想として語らなければならない点として、アニメとしてのクオリティーについて。

『ブギーポップは笑わない』は、纏っている雰囲気は2000年前後の深夜アニメですが、作画クオリティーは流石に2019年仕様というべき作品となっています。

対する『ガーリー・エアフォース』ですが、こちらは恐らくは予算の関係なのでしょうが、今日日のアニメとしては少々悪目立ちするレベルの映像と言わざるを得ないのは正直なところとしてあります。

『ブギーポップは笑わない』に関しては、セカイ系的な雰囲気を2019年の深夜アニメとして確りと表現しているので、先述のように昔を知る世代にとっては「懐かしい」、若い世代にとっては「新鮮な」作品として受け入れられるだけのポテンシャルを備えているように感じます。

しかし『ガーリー・エアフォース』に関しては、『ブギーポップは笑わない』ほど古くない事が災いしており、『ブギーポップは笑わない』のような雰囲気にはあまり触れてこなかった世代でも、『ガーリー・エアフォース』的な作品は昔見た事がある事も多く、ゆえに「古臭さ」を強く感じてしまう要因となっているじゃないかと。

さらに言えば、『ガーリー・エアフォース』は作画的な部分以外でもアニメとして諸所問題を抱えており、あえてグッサリ言ってしまえば「デキの悪さが悪い意味で古さを強調している」という事になっています。

『ガーリー・エアフォース』を2話まで見た個人的な感想としては、ギャグ方面の描き方には全く期待できそうもない現状なので、真面目な雰囲気や戦闘を強調した方が視聴者の脱落を防ぐ意味では確実に有意義だろうと思います。

『ブギーポップは笑わない』が人によっては懐かしく、また人によっては新鮮さを感じさせる作品として成立しているのに対して、『ガーリー・エアフォース』は多くの視聴者にとって古臭いアニメでしかないという感想になってしまっているのは残念な所です。

平成最後に新たな時代へ

アニメ(特に深夜アニメ)も歴史を積み重ねる中で、時代毎に売り手側が作りたがる作風というのが転々と移り変わってきました。

視聴者としては生み出される作品を自分なりに楽しむだけなのですが、アニメを見る視聴者は各々がクリエイティブであるために、作品自体が受け身に満足できるものでなかった場合にも、「それなりに」、「自分なりに」楽しむ事でアニメを愛で続けて来ました。

最近は、製作側にクリエイティブさと視聴者に対する一定のプレゼン力(あるいは広報力)を備えた結果としてのヒットを感じさせる作品も、チラホラと見かけるように思います。

以前はクリエイティブな意識はあるけど視聴者に対するアプローチが致命的に下手くそだったり、逆に「視聴者のニーズ」なんていう答えの見えないものに向けて作品を作る事しか頭になく、クリエイティブさに欠けるような事が多かったと思いますが、最近は少しずつですが改善されつつあるのかも知れません。

とは言え、少しずつでは困る訳で、もっと加速度的に表現を深化させて頂きたい。

そういった意味で、『ブギーポップは笑わない』がこのタイミングで再びアニメ化されるという事に少なからぬ「変化」を感じたりもする、平成最後のクールなのです。

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